スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フリーワンライ119 「綿飴のような恋心」






 あの街の西端にある洋館に棲むあのお嬢さんはまた婚約を破棄されたらしい。
 我々は彼女の不思議な境遇の謎を探るべく、彼女の奥地へと足を踏み入れた。
 閨房、である。
 取材に応じてくれたお嬢さんは実年齢の割には大人びて見えた。それはひょっとすると、部屋の調度の所為もあるかもしれない。洋館に相応しい広い面積のベッドにかかるシーツは桃色よりも落ち着いていて、細やかな花柄があしらわれている。だがお嬢さんその人の所作、具体的に挙げるならばその視線、佇まい、椅子に腰掛けた姿勢、顎に当てた人差し指と中指、ティーカップをまるで重いものであるかのように持ち上げる所作、紅茶を啜る音のない音が、神秘を纏っている証拠のように見えてくる。
 朝食はいつもこの部屋で摂っているのですか。
 当たり障りのない話題から持ち掛けてみる。
 「他にもっと聞きたいことがあっていらっしゃっているのでしょう」
 お嬢さんは目を伏せたまま静かに言った。長い睫毛が、窓から射し込む夕日を浴びて橙色に煌めいている。
 では。
 単刀直入に訊いてみる。
 何故、なのかと。
 「まず訂正させていただきたいのは」
 彼女は目を見開いて、しかし、こちらには一切視線を寄越さずに言葉を紡いだ。
 「結婚をお断りしたのはこちらから、ということです。今回だけではありません。貴方がご存知のわたくしに関するかつての婚約も全て、こちらからお断りしたものなのです」
 何故。
 「わたくしの恋心は綿飴なのです」
 何故。
 「続きは明日にいたしましょう。それまでに貴方なりに答えを用意して頂戴。明日の午後四時にまた、屋敷の門のところにいらして」
 お嬢さんはそれだけ言ってしまうと、目を閉ざして紅茶を啜った。その日はそれきりで、まるで我々が居ないかのように振る舞い始めたので閉口した。

 「舌で触れると、甘味だけを残して消えてしまうでしょう、綿飴は」
 答えを述べないうちから、何故回答を始めてしまうのだろう。
 翌日の午後四時、我々はお嬢さんの気まぐれの秘密を探るべく閨房へと足を踏み込んだ。
 「殿方の味が分かると、もう興味がなくなってしまって」
 猥談ですか。
 「そんな意味深な話ではございません。わたくしは未婚ですよ。…ただ、舌で触れるだけ」
 彼女は物憂げなまばたきをしている。
 「この前のお方は、まさしく綿飴のように甘かった。でもそれきりよ。味わったら最後、それきり何もかも、感情が消えてしまって。相手が見えなくなってしまうの」
 つまり、結局結婚するつもりはないと?
 「しないのではなくできないのです。どうしても、舌で触れたくなってしまって、我慢ができなくなって」
 吸血鬼のようだ。相手に恋すれば恋する程、相手の血を吸って相手を追い詰めてしまう。
 そう声を漏らすと、お嬢さんはくすりと笑った。
 「意外に陳腐なことをおっしゃるのね。でも、吸血鬼なんて見出しはやめて頂戴。見出しを決めたら明日の午後四時にまた、屋敷の門のところにいらして」
 我々はお嬢さんに気に入られた可能性に思い至って戦いた。いずれ彼女に舌で触れられて、跡形もなく消え去ってしまうのだろうか。
 それでも良いと、我々のうち一人は述べていることをここに報告する。





スポンサーサイト

Comment

Leave a Reply


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。