万象試作品

#Twitter300字ss 「試す」





 妻が夭折した。
 犯罪者呼ばわりにも負けず、周囲の反対を押し切って入籍した割に別れは余りにも早く訪れて、こういう時は泣いたほうがいいのだと頭では分かっていたが呆然としてしまった。
 書斎の原稿用紙から埃を指で払って、インクを滲ませる。久々に書いた日記では彼女が生きていて、眉根を寄せて夜更かしばかりする僕を容赦のない言葉で窘めていた。ふと気配を感じて紙から顔を上げると、彼女の淹れた煎茶が湯気をたてている。
 僕は試しに新任時代の思い出を書いた。翌朝寝室の洋服掛けには学校指定のセーラー服が掛かっていた。彼女と出会った時のものだった。
 妄想だと言われても構わない。次こそ僕の試みは成功して、妻本人に会えるだろう。





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万象試行版』をざっくり300字に纏める「試み」

義父と

#Twitter300字ss 「贈り物」





 義父と一緒に義母の墓参りに行った後食べた定食屋の蕎麦は味がしなくて、今は慣れ親しんだ都心とは別の地方に居るのか、と改めて実感した。では義父の慣れ親しんだ味なのかと言えばそうでもないようで、疲れた顔で親子丼を食べている。背筋が曲がっていて張りがない。元々整っている顔も台無しだ。何が義父をこうしているのか。大方生前の義母からの罵倒だろう。
 見も知らぬ子供を育てなければならない二人はそうして均衡を保っていた。結局子供は必要以上に早く独り立ちして、義母は疲れ果てた。
 他人事のように考えていたら義母の遺品の話になっていた。大方義父が受け継いでいるらしい。が、何か欲しい物はないかと問われる。
 私は薬指をさした。





欄間

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 当時二十歳だった曾祖母が出産のため実家に帰った時を見計らって、曽祖父は女を連れ込んだという。しかし女は一晩も経たぬ間に逃げだしてしまった。和室の欄間飾り、あの襖と天井の間を彩る菱形の一つを埋めるようにして、目が覗いていたのだという。使用人か誰かが妙な気を起こしたかとも思ったが、しかし、立っている人の頭が届く高さでもない。梯子を使ったところで、首や胴体も隙間から見える筈だ。
 と、いうことは。
 覗いていたのは曾祖母の生霊だという結論がついて曽祖父は生涯浮気をせず、こうやって一族が繁栄している訳だが。
 そんな筈はない。生霊など。
 だったらさっきから大伯父の葬式を欄間から覗いているあの目は何だというのだ。





氷花(しが)

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 この国で一番大きな湖で氷の花が咲いたという報道があってから直ぐに飛行機に乗り込んだ。
 氷河期を迎えて久しいとは言え、あんな緯度の低い地域で氷が張るものだろうか。しかも花が咲いた、とは。
 熟考に忙しかったので、フライトの後どう飛行機を降りたか、何故バスに乗り込んだか覚えていない。ただどこかで何かを間違えたらしく、気が付けば山の頂上に立っていた。
 麓の遥か先に湖が見える。呆やりしていたため数十キロ離れた地点に来てしまったが、しかし。
 成程。確かに氷の花が、湖を覆うようにして一輪咲いている。これは近付きすぎていたら見えなかっただろう。

 湖の属する県は今後氷花を名前に冠して、観光事業に力を入れていくそうである。





*(嘘の県史)