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キンシチョウコ http://knschk.blog.fc2.com/
現状ワンライ倉庫ですが掌編小説を載せる場所になる筈です。



谷水春声(Shunsei TANIMIZU) 
幻想、和風、学生の懊悩、シュルレアリスムが好き。たまに短歌も。

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フリーワンライ140 「水仙の鏡」

舌で舐めとる恋の味/「おちて、おちて、おちて」/鏡の中の





 お見合い結婚でしたので、あの人の本来持ち合わせている性根といいましょうか、性格を与り知ることはなかったのですけれども、本当はとても善良な方であったとの声は方々から聞きました。他人の気持ちを推し量ることの出来る方で、そして掛ける言葉は百合の花弁を指先で撫でるときのように柔らかく、そのため沢山の方から慕われておりました。
 あの方が皆様の噂通りの姿で私と生活を共にしておりましたのは最初の数週間だけのことでしたので、私の不甲斐ない記憶力ではもう、その後の陰惨な日々ばかりが蘇ってくるばかりで御座います。
 切っ掛けは六月十八日のことでした。日記にもそう残してあります。
 私の我が儘で、あの方に姿見のおねだりをしたのが始まりです。
 そうです、全ては私の所為なのです。
 嫁入り道具に小さな、それこそ身の丈に合った鏡台は持ち込んでいたのですが、新しく設えた着物をどうしても眺めたくなったのです。全身を映すとなれば、それまでは縁側の硝子障子の前に立って朧げな影を捉えるか、写真館にでも行って写していただくか位しか選択肢は御座いません。そう言うと、あの方は優しく微笑んで直ぐに手配をしてくださいました。
 数日も経たずに家に届いたのは、水仙の彫り物が周りの木枠に施された、風変わりな姿見でした。
 こんな装飾、見たことがない。
 あの方は興味深そうに枠を指でなぞって、それから一点の曇りもない鏡を覗き込んでおりました。私はその後ろ姿を微笑ましく眺めたものでした。あの方が二人に増えたら、こんなに素敵なことはないですもの。この世が持つ至宝が二倍に増えるのですから。そして両手に花、もとい、両腕であの方と腕を組めれば、幸福感でどうにかなってしまいそう。
 そんな愚にもつかない空想をしていると、鏡の中のあの方が一瞬だけちらりとこちらをご覧になりました。鏡のこちら側にいるあの方は上辺の水仙に目を取られているのに、鏡の中の視線は真っ直ぐに私を捉えておりました。いつも私に向けられるような柔和な笑みではなく、ひとかけの笑いもない、感情をなくした顔でした。
 私は何が起こったのか未だ理解していなかったのですけれども、反射的に半歩下がっておりました。それから今見たものが確かに不気味なものであったとようやく認識して、ずっと黙り込んでいるあの方の名前を呼びかけました。
「おちて、おちて、おちて、おちて」
 それは私への言葉では御座いませんでした。けれど、最後にこちらに向けられた言葉であったように今では思われます。
 その言葉は鏡の中から響いて、そしてあの方に反響しているようにも聞こえました。
 それからあの方は命を落とすまで、一度たりとも鏡の中のご自身から目を離すことは御座いませんでした。私の力でも、町の男たちの力でも引き剥がすことは出来ず、あの方は狂ったように鏡に、いえ、鏡の中のあの方の姿に見蕩れてしまっておりました。私がどれだけ泣いても、食事を摂ることもなく、排泄時も鏡の前から離れることなく。鏡の中のあの方を口説いては、放心したように眺め、そして鏡に口付け、鏡の中のあの方に舌を這わせております。あの方は鏡の中のあの方に恋をしているのです。
 全ては私の責任なので御座います。私が我が儘を言ったり、身に余る妄想をしてしまったせいなのです。せめてもの罪滅ぼしに、私はずっと傍に居ることを誓いました。

 奥の間にあの方は未だ居ります。興味がおありならご覧になってください。もう百年もずっと同じ体勢で、鏡を覗き込んでおりますので。





夢日記01「ピロートーク」

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 つい今しがた一番良い瞬間を得たばかりだったのに、気が付けば家路を辿っていた。駅から自宅への道だ。いつもならば仕事を終えてから通るので、日もとっぷり暮れていて街灯の光が等間隔に並んでいる光景を見慣れているが、現在は昼のようだった。
 薄曇りの空だ。
 今日は休日だっただろうか。
 いや、そうなのだろう。
 現にこうやって大きな買い物袋を提げている。
 隣を歩く彼女もビニール袋を左右の手に一つずつ持っている。今日は月に二度の買い出しの日だ。新居に入るとき、二人でそう取り決めたのだった。
 どれか持とうか、と声を掛けようとして、自分のほうが大きくて重い物を持っていることに気が付いて苦笑する。先程店を出た際、全部持とうとして先に歩いていたものの彼女に二つ奪われたのだった。
 と、納得しかけていたところに「イヤ違う」と声がかかった。
 そうだ、知っている。
 先程などなかった。スーパーで買い物などしなかった。
 隣を歩いている彼女は、現実では隣に寝ている彼女なのだ。
「これも一種のピロートークってやつなのか」
 そう口に出して聞いてみると、彼女は微笑んで頷いた。
 ああ、そうか。
 彼女も自分と同じ場所で、同じ夢を見ているのだ。
「ああ、おむつ、買い忘れちゃったね」
 穏やかに彼女が言った。まるで幸福をじわじわと噛み締めているかのような声調だ。
 そうか。
 もう子どもは産まれていたのか。
 今日は保育園にでも預けているのだったか。いや、二人共休みの日なのだから、どちらかが家で面倒を見ることは出来る筈だろう。
 となると今は産まれる前。
 いや。
 彼女は妊婦には見えないし、初期段階だとしても、ここまで早くから購入する意図が分からない。
 そもそも俺のでは子どもは出来ない筈では。
 そこまで考えたところでぱちんと何かが弾ける音がして、目の前が真っ白になった。手に持っていた袋も全て消えている。
 目が覚めたら隣に彼女は居ないのではないかと、言いようのない不安に襲われた。






フリーワンライ136 「溺れる港」




 決死の覚悟で港から海に飛び込んで、塩辛い水を飲みながらも愛を叫んだ男がいたという逸話からその名前がついたらしい。清水の舞台から飛び降りるとか、そういった覚悟を持って、体に溢れる情熱を持て余しすぎて実行してしまったというのだが、しかし、その男。
「でも、結局溺れてる訳?『溺れる港』ってことは」
「うーん、その辺はよく分からないんだよね」
 港が名所らしいから、と、言い訳をしながら私をここに連れてきた張本人は、しかしはっきりしない物言いだった。
「告白が無事成功して、港で待っていた女性と結ばれたとか、一旦は振られたんだけど、ショックのあまり溺れてしまったところを助けられて、その女性の人工呼吸で息を吹き返したとか…あとは」
「あとは?」
「…まあ、悪い結末にはなっていない筈だよ。こうやって観光地として宣伝までしている訳だし」
 歯切れの悪い言い方をして、縁に立てられた看板を指で示した。焦げ茶のペンキが剥げかけた木製のものだ。私の目線より少し下に白い文字が並んでいる。
 溺…る港。
 いやいやいや。
「これ、何も知らなかったらただただ物騒な字面だな。本当にそんな、縁結びにでも使われそうな逸話が残ってるの」
「残ってる残ってる」
 私は鼻から息を吐いて、あまり信用していないという意を示してみた。
 そもそも私たち以外に観光客など見当たらないのだ。漁船が疎らに停泊していて、遠めに呆やりと見える市場のそばでは、漁師らしき人影が作業をしているのが分かる。他に動くものといえば、獲物を狙っているらしい鴎や猫の通りかかる姿くらいで、これもよく目を凝らさないと分からない距離にある。
 二人きり、なのだ。
 そういえば、相手は今朝から様子がおかしかった。天気も下り坂だと、旅館の部屋のテレビが言っていたことだし、そもそも週明けに備えて早めに帰るつもりだったし、来た通りの順路を使えば良いと思っていた。しかし、どうしても寄りたい名所があると言って、この人は車の運転をかってでたのだ。普段滅多に提案などしないのに。温泉に行きたいと言ったのも、この地域の旅館を予約したのも私のほうだ。まさかそんな腹案があったとは、知る由もなかった。
 風が強くなってきた。灰色の空を仰げば、暗い雲が思いもよらない速さで流れている。
「嵐でも来るんじゃない?気が済んだら、もう引き上げようよ」
 私は風で立ったコートの襟を直しながら言った。
「ちょっと…待って。い、今飛び込むから」
「えっ、飛び」
 言葉の意味を理解する前に、海に向かって駆け出していた。
「待って」
 私は慌てて追いすがって、その腕を掴む。前につんのめったところを、綱引きでもするかのように引き込んだ。そのまま足を引っ掛けて倒す。
「痛い!」
 アスファルトの地面と背をぶつけて声をあげているが、自業自得だ。
 それにしても、良かった。私の足が早くて。
 俄かに体を動かしたせいで乱れた息を整えながらそう思った。
「何で今自殺しようとした」
 私が仁王立ちになって問い詰めると、相手は呆然とした。
「え…いや、話の流れで分かってよ。ここで海に飛び込んで君に告白すれば大成功間違いなしだろ」
「いや、普通に溺れるでしょ!波もたってきてるし危険だから。そもそも」
 今更告白も何もないだろう。二人で温泉旅行に来る間柄で。
 とは、余りに馬鹿馬鹿しすぎて言葉が継げなくなる。
 代わりに黙って手を差し出して抱き起こして、人工呼吸をしてあげることにした。

「…何だよ、そんな口をぱくぱくさせて。溺れてるみたい」






欄間

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 当時二十歳だった曾祖母が出産のため実家に帰った時を見計らって、曽祖父は女を連れ込んだという。しかし女は一晩も経たぬ間に逃げだしてしまった。和室の欄間飾り、あの襖と天井の間を彩る菱形の一つを埋めるようにして、目が覗いていたのだという。使用人か誰かが妙な気を起こしたかとも思ったが、しかし、立っている人の頭が届く高さでもない。梯子を使ったところで、首や胴体も隙間から見える筈だ。
 と、いうことは。
 覗いていたのは曾祖母の生霊だという結論がついて曽祖父は生涯浮気をせず、こうやって一族が繁栄している訳だが。
 そんな筈はない。生霊など。
 だったらさっきから大伯父の葬式を欄間から覗いているあの目は何だというのだ。